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★「断捨離通信」2 だんしゃり Danshari   家の中でため息をついてませんか?
 
 
 『新・片づけ術 断捨離』
「断捨離」(だんしゃり)とは、ヨガの行法哲学「断行・捨行・離行」をもとに生まれた言葉。
断=入ってくる要らないモノを断つ
捨=家にはびこるガラクタを捨てる
離=モノへの執着から離れ、ゆとりある”自在”の空間にいる私

つまり、「家のガラクタを片づけることで、心のガラクタをも整理して、人生をご機嫌へと入れ替える方法」。
「そうじ」をしたり、モノを捨てたりすると、なぜか心も軽くなる、というのは誰もが経験していること。 
「断捨離」とは、皆が漠然としている「そうじ」や「片づけ」を再定義し、自分の「内在智」(心や体を快方向に導くセンサー)を磨くための行動へと落とし込んだメソッドです。 
結果、自分の心をご機嫌に、ついでに運気も向上させてしまおうという方法論でもあります。 義務感を伴う「片づけ」から、自分の内在智や運気を磨く「断捨離」へ。
 
 

 


「捨の章」 
「色即是空♪ 」
 
 
二日つづきの断捨離流暮らしの整理術セミナー、
ご参加有難うございましたm(__)m
しかも、市外、県外からと、遠いところにもかかわらず。

セミナーのたびに、いつも思う。
受講生さんに、大いに助けられて、セミナーが成り立つ。
一方的な知識の伝達ではなく、様々なフィードバックがあって、
その場全員で共有できる相乗効果的な、なんらかのものが、、、
う~ん、うまく説明できないけれど、一言でいうと、
「愉しかった」かな、受講生さんみんな、そして講師を努めた私も(^^♪

さて、断捨離流の特徴は、徹底的に「カタチから入る」ということ。

うん十年も前、初めて入門した日のヨガ道場での質疑応答の場。
導師は一言「初心者はカタチから入れ」と。
今もって、なにもかもカタチから入なければならないレベルにいる
自分の未熟さはともかくとしても、

カタチに注目し、カタチを真似て、カタチを身につけ、カタチを整えて。

その有用・有効性、そして、即効性は、知っておくべき(^_^)v

見えるモノは、必ず、見えないモノと一体だから。
見えるカタチは、必ず、見えない世界の象だから。

色即是空・空即是色、、、ですよね、まさに勝手解釈すると(^^ゞ

そして、私の運命学の師は、
根本原理は、「環境が人に影響を与える」と、
「近いところに存在するものから、その人に対して強い影響を与える」と、
教えてくれた。

一番近い環境のひとつ、住まいの環境を、自分の願うカタチに整えること。
これが、自分の内側を調える、自分の願いを叶える、
一番の近道だと思いませんか?

見えない精神世界を追いかける前に、
ぜひぜひ、住まいのカタチを整えて下さいね(^^)/~~~
                                                                                                       3-27-10

 
「老婦人の独白」
 
 
一人暮らしの老婦人が入院した。

入院中に長女が片づけた、彼女の一軒家を。
長年、溜め込まれたモノ、モノ、モノ。
包装紙、紙ぶくろ、空箱、、、出てくるモノすべてが、
いわゆる「しょうもないモノ」、金銭的価値はいかばかりか。
が、ひとつとして捨てることを拒みつづけてきた老婦人。
長女は、強硬手段に出たのだ、母親の不在中に。

あらかたのモノは捨てられ、きれいに片づけられた住まい。
スッキリした清々しい空間。
でも、退院してきた老婦人は、泣いた。
「70年生きてきて、私のモノは、たったこれだけか、、、」

この老婦人、「自分の価値」を「モノの量」ではかっていたんですね、きっと。

ある意味、高価なブランドで身を固めている若い女性と一緒かな。
自分の価値を外側で量ることに関しては。

さて、この話の感想、ふたつに分かれるのが常。
老婦人に同情する人と、馬鹿馬鹿しいと笑う人と。

安かろうと、高かろうと、
しょうもないものであろうと、貴重なものであろうと、
量が少なかろうと、量が多かろうと、

モノで自分の価値は、量れませんよね。
もちろん、人の価値も。   
                                                                                                       3-24-10

 
「死海とガラリヤ湖」
 
 
断捨離の提唱する「モノとのつきあい方」三原則♪

モノは、使ってこそ
モノは、今、ここに、必要とされるところへ
モノは、あるべきところにあって、美しい

クライアントさんのおひとり、
「モノは、使ってこそ」を忠実に守って下さり、
貴重だけど、もう読むこともないであろう本を手放す決意。

彼女にとって、不要となった本。
恥ずかしながら、そのあまりに高価で分厚い本に、
思わず心ひかれ(^^ゞ頂戴することに。

なんとも、素晴らしい本(^_^)v
「モノは、今、ここに、必要とされるところへ」をそのまま具現、
みごとに転がりこんできたような。

さて、その本の「死海」についての記述から。

◆死海はヨルダン川によってその北方にあるガリラヤ湖と
結ばれています。ガリラヤ湖は死海と異なり淡水湖です。
多くの種類の魚が生息し、古くから漁業も行われています。
このガリラヤ湖の水がヨルダン川を経て、死海に注いでいるのです。
しかし、死海には出口となる川がないために、水が停滞しています。

◆死海の水面が上昇しないのは、熱暑による水分蒸発があるからです。
塩分濃度が高いのはそのためです。ガリラヤ湖の周辺は緑豊かな
農業がさかんな地域です。一方、死海とその沿岸いったいには
荒涼とした風景が広がるのみです。

◆イスラエルには死海にまつわるふるい伝承があります。
いつか、死海から外に流れ出る一本の川ができて、
塩の湖が生き返り、魚がすみつき、周辺一体には緑の草木が
生い茂るようになるというのです。

おわかりですよね。
「死海」を、私たちの「住まい」にたとえてみれば。
「川」を「モノ」の流れにたとえてみれば。
そして、豊かな緑を、住まいの環境と読みかえてみれば。

住まいを「死海」にするのか、ガリラヤ湖にするかは、
私たち次第なんですね。

◆健康は「吐き出す」ことから
私たちの心と体を健康に保つには、ため込んだもの、滞留しているものを、
外に出す必要があります。
出すことが重要なのは、不要な老廃物などを体内に
とどめおかないためだけではありません。

◆出すことによって、新たなものが入ってくる余地が出てくるのです。

◆ようするに、循環が活発になるのです。


潔く、思いっきりよく、気前よく、この本を手放して下さり感謝&感謝。

そして、間違いなく、新たな素晴らしいモノが、彼女にもたらされることを、
断捨離も確信していますよ。
                                                                                                                     3-21-10

 
「嫁入り道具^^;」
 
嫁入り道具。

住まいの中で、一番邪魔になっているモノのひとつ(..)
そして、一番手放すのが難しいモノでもありますねぇ、、、。

大きな和・洋箪笥、整理箪笥、豪華な組布団、組座布団。
地方や世代で差のあることだけど、
こちら、北陸では、親が娘のために一生懸命準備する。

これらが、生活の変化に対応できずに、住まいに居座る。

立派な絹の分厚い20枚もの客用座布団。
結婚30年、一回も出番がなく、埃とともに納戸に。
親の思いを、それこそ慮ると、処分はおいそれとはいかない。

こんな方も。
結婚20年、もう我慢の限界と、離婚を決意。
すでに夫とは破綻、長く家庭内別居状態が続いていた。
深夜、ふと目を覚ますと、目の前の桐の和箪笥二棹。
親が誂えてくれた着物、ほとんどが袖も通していない着物、
ひとつでは納まりきらず、二棹になった嫁入りの箪笥。

もし、今、自分が出て行くと、この着物と箪笥はどうなるのだろう、、、
彼女は、そらから更に10年の家庭内別居を続けた。
結局、離婚になったのだけれど。

あの時、和箪笥二棹が、彼女に離婚を思いとどまらせた。

私たちは、モノに思いを込める。
モノはモノでありながら、モノではなくなり、変化の足かせに。

箪笥二棹は、親の思いの象徴となって、彼女の行動を抑止した。
親の薦めた結婚、親に心配をかけまいとした選択となった。

別な言い方をすれば、
変化への恐れ、心の迷い、選択と決断する勇気、、自分と向かいあう恐れ。
モノが代わりに「行動に移さない」言い訳となってくれたのかもしれない。
あえてモノにしがみつくことで。

モノを手放すことと、モノにしがみつくこと。

もし、あの時、箪笥が目の前になかったら、
彼女はどんな選択・決断・行動をしたのだろう。

彼女は、何を得て、何を失ったのだろう。
彼女は、何を失い、何を得たのだろ。
                                                                                                        3-17-10

 
「環境の力♪」
 
 
運命学の根本原理のひとつは 環境が人に影響を与える ということ。
その人自身に近いところに存在するものから、その人の対して強い
影響を与える、、、

この原理を、運命学の師に教えられ、今更のごとく納得(^_^)v
これは、疑う余地はないですよね?
ならば、一番身近な住まいの環境が、私たちの運命に大きな影響を、
与えるのは間違いのないこと。

住まいに溢れる不要・不適なモノたちが、どのような影響を、
私たちに与えているのか、問い直してみる価値はおおいにある。

散らかっていても、モノで溢れていても、
「誰にも迷惑かけていないよね」と居直ってみても、
まず、第一に自分の運をおおいに損なっているとしたら、、、

損・得には敏感に(^^♪

「もったいない」からと、「いつかそのうちまた」使うかもしれないと、
今、現在、必要もないものを漫然と放置・保存していることの損。

「捨てる損」と「捨てないでいることの損」
「捨てる得」と「捨てないでいることの得」

このことは、よくよく考えて見ましょうよ。

つづきは、また(^^)/~~~
                                                                                                     3-14-10

 
「犬と電信柱」
 
 
リビング&ダイニング、家の中のパブリックスペース。

家族みんなで使う部屋に、プライベートなモノが占拠しているのは、
とても気になりませんか?

もちろん、それは、自分以外のモノでのことだけど。

住まいのパブリックスペースは、縄張り争いの場。
おのおのが、縄張りを主張するかのごとく、
自分の所有物を放置する。

「片づかない」のではなく「片づけない」
無自覚な縄張りの主張で、無意識のうちに片づけない。
わんこが電信柱にするマーキング行動のごとく。

自分以外のモノが、イライラの種であるのなら、
自分以外のモノが、邪魔でしかたがないのなら、
自分以外のモノが、憎たらしいのなら、

それは、自分の縄張りが侵されている、、、と、
どかで感じているのですよ、きっと。
 
                                                                                                           3-11-10

 
「お仏壇に、、」
 
ひとり暮らしのお婆ちゃんの家。

近所に住む若い娘さん夫婦が、いろいろなものを運び込む。
自分たちには、不要になったモノたち。
壊れたり傷んだりしてはいなので、きっぱりとは捨て難いのだろう。
とはいえ、自分たちの狭い家で、とっておくには邪魔。

長年にわたり運び込まれたモノたちで、
だんだんと侵食されていくお婆ちゃんの居住スペース^^;
今では、モノが詰め込まれている部屋がほとんどで、
お婆ちゃんが自由に使える部屋は茶の間ひとつ。
そこで、ご飯を食べ、寝る、毎日。
そして、その茶の間でさえ、お婆ちゃんの荷物でいっぱいなのだ。

足の悪いお婆ちゃん、いつモノに躓くか。
小さな地震でも、モノが降ってくるだろう。
家の中は、危険がいっぱい、埃もいっぱい。

不要なモノを取り除いていくことは、安全と健康の確保(^_^)v

それよりも、なによりも、自分たちの不要で不適なモノを、
お婆ちゃんの家に運び込むことの影響は?

お婆ちゃんは、まだ生きている(^^ゞとはいえ、ご先祖。
一番近いご先祖様。
そのご先祖さまが住む家、いわば、お仏壇に、
不要なモノを、押し込める、、、

この家系の運気、どんなふうに展開するか、
ちょっと想像して見て下さいね(..)
                                                                                                   3-8-10
 
 

 
「天にお任せ(^^♪」
 
 
断捨離暮らしの整理術セミナー、受講生さんの断捨離後日談。

食器棚を整理した。
趣味で集めた、お気に入りの食器の数々。
あらためて眺めてみると、ギチギチ満杯状態。
さすがに増えすぎていたことに気がついた。

思い切って手放してみたものの、少し後悔(..)
中でも一番高価だった器を、お嫁さんにあげてしまったのだ。

「どれでも好きなモノを持って行っていいわよ、
といったら、本当に一番高いのを持っていった、、、」

夫にそれをこぼすと、
「欲しくなったら、また買えばいいさ♪」と、頼もしい返事。

羨まし、、、(^^♪
まあ、口だけかもしれないけれど、、、とは、奥さんの感想。

一方、押入れの整理に取り組んだ受講生さん。
ダンボール何箱分もの溢れんばかりのタオル。
実は、押入れの上段すべてがタオルで占められていたらしい(..)

粗品でもらうアレ、ちょっと薄いけれど、雑巾としては、なかなか使いよい。
が、雑巾にするにしても、何年分あるやら。
そこで、処分を決意。
でも、夫から、「待った」が入る。

「俺が、寝たきりでオシメをするようになったら必要だ、とっておけ!」
ちなみに夫は団塊世代、まだまだ若いのに。
自分の将来は、寝たきり老人と決定したかのようで(..)

必要なモノは、必要な時に、必要なだけ、与えられる、、、
そんなふうに、天にお任せできると、
人生は、もっともっと楽天的に生きられるのでしょうね、きっと(^_^)v
                                                                                                           3-5-10
 
 

 
「いらんモンはほかす!」
 
 
断捨離流暮らしの整理術のセミナー受講、有難うございましたm(__)m

受講生さんは、いさんで帰宅される。
片づけたくて、片づけたくて、ウズウズなのだ。

モチベーションは一気に上昇。
断捨離IQ、いえ、断捨離EQ、が高まって。

家に帰り、夫に報告。
「こんなセミナー受けてきた」
「今日から、いらんモンはほかす!、使わんモンもほかす!」と宣言♪

標準語に直すと、「要らないモノは捨てる!、使わないモノも捨てる!」

夫、喜ぶ。
そんな話、わざわざ聞いてくるまでもない、俺が、長年、言い続けてきたことだ。
漸く、わかったかと。

こんなご家庭は、いっきに片づく。
妻が、処分するモノをまとめると、夫は処分場へさっさと搬出・搬入。
住まいの澱みは、一掃されて、スッキリ。
気持ちもスッキリで、夫婦円満(^^♪

断捨離は、夫婦関係もより良くするのですよ(^_^)v

ところが、まったく逆のケースもある(..)

頑張って押入れの不要品を取り除き、幾つものゴミ袋の山。
いざ、捨てようとすると、夫が中身を覗く。

おい、おい、まだ使えるものばかりじゃないか。
もったいない、捨てるな、、、となる。

夫の言うとりだ、夫は正しい。
が、確かに使えるモノではあるけど、長い間、押入れの中に澱みとして、
存在していたモノ。
実のところ、夫も、その存在はさっきまで忘れていたではないか。
妻が、押入れの奥から、10年ぶりにひっぱり出すまでは。

頑張って、ゴミ袋に詰めたのに、、、
今さら、押入れには戻す気はしない、、、
口を挟んだ夫が、どうにかしてくれるのか、するわけない、、、
夫が、これから、使うはずなどあるものか、、、

哀れ、そのモノたちは、行き場を失い、部屋の隅に放置される。
ゴミ袋の山と夫の板ばさみの妻は、ストレスを蓄積。

さて、この妻、最後はどういう行動に出たでしょう。

夫の「断捨離」

離婚でした。
断捨離は、夫婦関係を破壊する?

いいえ、違うのです。
長年、押入れに詰め込まれていたモノは、彼女の封印された感情そのもの。
断捨離で、その感情が、自分で封じ込めていた感情が、
噴出したマグマのごとく。

じつは、妻にとってはこの結婚生活、とっくの昔に破綻してたんですね。

妻は、自分の気持ちを押し殺し、
夫は、妻のそれに気づかなかった。

「防ごう、熟年離婚!」をテーマに断捨離セミナーを、近いうちに開かねば、、、
それとも、本当の自分を取り戻すため「夫の断捨離」講座をするべきか、、、
悩ましいこの頃^_^;
 
                                                                                                        3-1-10

 
それに引き換え「今」は、、、
 
 
現実逃避型、未来不安型、そして 過去執着型

いずれも、モノを溜め込み、かつ放置するタイプのお話(..)
おととい、前のブログからお読み下さいねm(__)m

そのお宅、あまりに惨憺たるありさまで、、、。
見かねて、おせっかいながらも、片づけを申し出でた^^;

まさに堆積・滞積という言葉がぴったり。
大量のモノが、そこかしこにうず高く、あるいはぎちぎちに詰め込まれ。
片づけは、まさに、発掘作業と呼ぶのがふさわしく。

独身時代から今に至る<ちなみに結婚して30年>大量のアルバム、
加えて、夥しい量の未整理の写真。
そして、ラブレターと思しき、これまた大量の古びた手紙。

写真をひとつ、手紙をひとつ、発掘するたびに、
いかに、自分が賞賛されていたかを、話してくれた。

さすがに、片づけのプロも、難儀いたしましたわ。
いっこうにはかどらなくて(..)

すべてが思い出の品々、すべてが証拠の品々。
かつての、若さと美貌の、、、。

思い出したくもない過去がいっぱいの身<?>といたしましては、
ある意味、羨ましくも(^^ゞ

おわかりですよね、住まいは、過去のエネルギーで充満。
彼女を、常に、過去へ過去へと引きずり戻す。

「思い出」が、未来へとつらなるエネルギーとなるならば、
そのモノは、大切に保存すれば良いだろう。
が、心のどこかで、それにひきかえ今は、、、と思っているならば、
なんだかうらぶれた、哀しさが漂う。

前に進むための「思い出」と、過去に生きるための「思い出」

私たちのまわりにある沢山の思い出のモノたちは、
そのどちらを象徴しているのだろう。
                                                                                                               2-26-10
 

 
「トイレットペーパー(^^ゞ」
 
 
何パックものトイレットペーパーが押入れからゾロゾロと。
それも、家中のいたるところから。
確かに腐るものでもない、いずれ必ず使う日用品でもあるし。

が、これが、くせもの。

ストックしておくにも限界量がある。
消費量にみあった適正量があるはず。

この方、一人暮らしの老年女性。
体力も気力も日々衰えつつあるご自身に、不安があるのだろうな、きっと。

月2回の大型スーパーへの買い物。
もしかして、次はいつ来られるかわからない。
それで、トイレットペーパーを掴んでレジへ。
だけど、やはり翌月には、またこのスーパーに。
そしてまた、トイレットペーパーも。
結局、200個のスットク。

このままでは、形見がトイレットペーパーになりかねない(..)

過去に、オイルショックを経験し、
トイレットペーパー争奪戦を繰り広げ、敗れた経験があるに違いない、
うん、きっとトラウマが^^;

2DKのアパートに住む若いファミリー。
本日の特売ティッシュペーパーをそのつど購入。
狭い狭いと嘆いている部屋が、ティッシュペーパーに占拠され。
今回の特売を逃がしても、次回を見送っても、大丈夫なのに。

必要以上のストックは、ある意味、不安の集積・心配の象徴
住まいの「物置化」の大きな原因のひとつ。

次にいつ手に入れられるか不安で心配。
トイレットペーパーの山は、ブースターとなって、
「もしかして次はないかもしれない、、、」と
四六時中、彼女に語りかけてくる。

自分で自分を不安に陥れているのですよ。
モノの山に囲まれて、、、。

必要なモノは、必要な時に、必要なぶんだけ、
ちゃんと手に入れられる自分を、どうぞ信頼して下さいね(^_^)v

そう、今日は 未来不安型 のお話。
                                                                                                         2-23-10
 

 
 捨てられない3分類・・・現実逃避型・未来不安型・過去執着型
 
「ラッセル行軍!?」
 
 
 
住まいを、「片づける」ための絶対条件、なんだと思いますか?

勿論、断捨離流だと、モノが少ないこと。
それは「片づける」というより「片づく」条件のひとつではありますね。

が、たとえモノが少なくても、散らかる時は散らかる(^^ゞ
そもそも、断捨離は、散らかっていることよりも、
不要で不適なモノが、忘れ去られた状態でそこにあることを、
云々する訳で。

家を片づけるためには、まず、家にいること。
なあ~んだ、と思われるかもしれないけれど、
仕事を持っている女性が、ほとんどのこの時代、
家にいることは、案外、いえ、かなり難しいのですよ。

それとは別、家にいたくない主婦。
とりたてて働く必要もないのにパートに出て、
趣味のお稽古、サークル活動、ランチにと、とにかく忙しい。

家の状態は、、、

何年かぶりに着るキモノ。
取り出すためには、和箪笥まで、二間つづきの和室を、
ラッセルしなくてはならなかった。

泥棒に入られた。
が、家中、もともとクチャクチャで。
恥ずかしくて警察を呼べなかった。

その時、一緒に盗まれたはずのゴールドのネックレス、
後日、ゴミの下から発見。
どうせ、一度はあきらめた品、質屋に売り飛ばし、
新しいスーツと豪華ランチに化けた、めでたし(^^♪

笑い話は満載(^^♪

何故、家にいたくないか、、、
やはり、夫婦や家族の関係に、なにか潜んでいたり(..)
なるたけ、顔をあわせずすむようにと、
ひたすら、外出予定を手帳に書き込む。

家は、人が住んでこそ。
その人に思いが向かなければ、住まいにも気持ちが向かない。
整えよう、片づけよう、、、のモチベーションは、ずっとずっと下がる。

整っていない住まいには、もっと居たくなくなり、、、の悪循環。

片づけない理由、結果、モノが堆積する理由、
そこには、見えない世界の、見たくない理由がさまざまに^^;

このタイプ 現実逃避型 とでも、いえようか。
                                                                                                         2-20-10
 

 
「入れ歯が!」
 
 
台所の流しの隅、入れ歯を発見!発掘!
なんと、10年前に亡くなられたご主人の「入れ歯」

去年、整理片づけの個人コーチで訪問したセミナー受講生さんのお宅でのこと。
ふたりで大笑いした♪
あちらの世界で、さぞかしご飯が食べにくかろうと。

突然、ご主人が亡くなられたあの時。
悲嘆にくれた日々から、今こうして、ご主人の遺品<?>を見て笑える時が。
夫の死、ひとり暮らし、突然やってきた生活の変化を、
受け入れるのに10年もの歳月がかかったのかもしれない。

気力も体力も失いかけていた、「いままで」の台所の状態がこれ。
 
 

私に応援を要請。
要請するのも勇気が必要だったと思う。
片づけのコンサルタントを前にして、来て貰う前に片づけなくちゃ、
片づけなくちゃ呼べない、というのが大方の反応だから(..)

でも、わかるな、、、この気持ち^_^;

片づける!と決心したかぎりは、おもいっきりの良い方だった。
頑張って、頑張って、10年間の澱みは、たった2時間×3日で解消(^^)v
 
 
なにもかもが、ピカピカに輝いて(^^♪
もちろん、彼女の心も、煌いて、、、。

そして、なにより素晴らしいのは、この状態をちゃんとキープしていること。
しかも、なんの苦もなく。

人生のつぎの展開に、立ち会えて、
彼女の「これから」に、立ち会えて、

嬉しかった。
                                                                                                                  2-16-10
 
 

 
「停滞」と「腐敗」~運気のお話
 
 
さて今日は、少し、いえ、少しどころか、かなりこわ~いお話(..)

住まいの中で、「無意識・無自覚」の世界に沈んでしまったモノたち。
それらが、私たちに、どんな影響を与えているか、、、

「無意識・無自覚の世界に沈んだモノたち」とは、
あるのさえ忘れてしまった多くのモノのこと。
押入れの奥、クローゼットの隅、シンク下・屋根裏部屋、床下収納、、、
そんな所で、彼らはじっと棲息してる(..)
あるいは、居間で目の前にドカンと存在している場合も。

邪魔だ、余計だと思われている「意識・自覚」上のモノより、
本当は、怖い存在。

大きく分けると、二種類。

ひとつは、ゴミに見えないゴミレベルのモノ。
お役目はもうとっくに終わって、なんの未練もないのだけれど、
処分に手間がかかるために、放置されてそのままのモノ

大きいし、、、重たいし、、、
分別しにくいし、、、分別の仕方がわからないし、、、
捨てる場所も、日も限られているし、、、
面倒、煩わしい、やりたくない、忘れる、そのまま(..)

もう、ひとつは、不要・不適なモノ。
こちらも、もう役に立たないことが頭ではわかっているのだけど、
気持ちの問題で、処分を先送りされ、保存されてそのままのモノ

まだ使える、、、
そのうちまた、、、いつかまた、、、
とても高かった、、、
執着、もったいない、捨てたくない、忘れる、そのまま(..)

どちらも、主人に都合よく忘れられて、そのまま放置&保存。

こんなものが、たいていのお宅で「わんさか×わんさか」^_^;
押入れや納戸を整理したセミナー受講生さんが、例外なくおっしゃるのは、
「沢山あるとは思っていたけど、これほどまでとは!」
「びっくり仰天!おびただしいモノが詰まっていた、、、」

住まいの物置化、住まいのゴミステーション化は、確実に進行中。
地球温暖化と一緒か、、、と思うほど(..)

さて、その影響。
漫然と放置されたモノたちは、朽ち果てた腐敗の気を。
漫然と保存されたモノたちは、澱んだ停滞の気を。

間違いなく私たちを、腐敗と停滞の気でつつむ。
私たちの運気が、腐敗運と停滞運となるのですよ、間違いなく。

このことには、さらにもっと怖い続きがあって(..)
いずれ、詳しくまた、、、
                                                                                                                 2-12-10

 
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著者 やましたひでこ

 

断捨離の目指すところは、日々のごきげん。
そのごきげんは、自らの、先送りすることの無い小さな選択決断の繰り返しから・・・そんなふうに思いませんか?
 
ごきげんの輪が、ラスベガスに、さらに広がらんことを。 
そして、ひとりでも多くの方が、ごきげんであらんことを。