nonvega.com

のんびり暮らそう♪ラスベガス  Japanese Community Site in Las Vegas

Home     突撃インタビュー     グルメ     Help Japan     コラムの広場     ローカルブログ集     子育て     便利なローカルリンク集     サンフランシスコ領事館より     管理人へ     スポンサー      
Tax     保険     不動産     住宅ローン     断捨離1     断捨離2     断捨離3     断捨離4     断捨離5     断捨離6     断捨離7     祭1     祭2     祭3     祭4     祭5     祭6     キャラナビ1     キャラナビ2      
★「断捨離通信」 だんしゃり Danshari   家の中でため息をついてませんか?       断捨離1                             
 
 『新・片づけ術 断捨離』
「断捨離」(だんしゃり)とは、ヨガの行法哲学「断行・捨行・離行」をもとに生まれた言葉。
断=入ってくる要らないモノを断つ
捨=家にはびこるガラクタを捨てる
離=モノへの執着から離れ、ゆとりある”自在”の空間にいる私

つまり、「家のガラクタを片づけることで、心のガラクタをも整理して、人生をご機嫌へと入れ替える方法」。
「そうじ」をしたり、モノを捨てたりすると、なぜか心も軽くなる、というのは誰もが経験していること。 
「断捨離」とは、皆が漠然としている「そうじ」や「片づけ」を再定義し、自分の「内在智」(心や体を快方向に導くセンサー)を磨くための行動へと落とし込んだメソッドです。 
結果、自分の心をご機嫌に、ついでに運気も向上させてしまおうという方法論でもあります。 義務感を伴う「片づけ」から、自分の内在智や運気を磨く「断捨離」へ。
 
 

 


「離の章」 
 
「変化の醍醐味!」
 
「変化」に立ち会い、「変化」を応援し、
そして、「変化」の醍醐味を味わう 。

転機の時、変化の時をむかえた、多くの受講生さんが、
この一年、断捨離セミナーに、ご参加くださった。

有難うございます。

飛行機にたとえるならば、格納庫で羽を休めていたセスナ機。
「変化」の時を向かえ、そろそろ、滑走路に向かおうか・・・
アプローチを、そろそろと進み出した頃、
なんだか、様子がおかしいと、意識し始める。

そんな状態の受講生さんが、断捨離に集う。

アプローチには、ガラクタという障害物が散乱、堆積。
なにより、パイロットである自分が、サイドブレーキを握りしめたまま、
アクセルを踏んでような・・・

受講生さんと一緒になって、アプローチを整え、
サイドブレーキを外す、お手伝いをするのが、【断捨離】の役割。

滑走路まで、無事たどりつけば、後は、オート・ラン!
エンジンを全開して、滑走&離陸。

どこでも、自由に飛んでいってね。


断捨離とは?

最近、つくづくと思う、人それぞれでの断捨離があるのだと。

断捨離は、ツール<道具>。
どうのよう使いこなすかは、その人次第!

だって、みんな、オリジナルな存在ですものね。
どうぞ自由自在に操って!

それが、断捨離の目指す【離】の状態なのですから。

そして、手を振って、精一杯、大きく大きく手を振って、
見送るのが私のお役目と。


この1年の、たくさんのご縁に、いっぱいの、いっぱいの感謝を。

セミナーのご参加下さり、このブログに日々アクセス下さって、
本当に、有難うございます。
                                              9-03-11
 
 

 
「この散らかりは、復讐かもしれない」
 
 
テレビのリフォーム番組、ビフォーとアフターの映像を比較。
まさに、驚嘆するほど、差があるけれど。

もちろん、断捨離で整理片づけの後でも、
家族が、これ、自分の家!?よその家に来たみたい!と、歓声があがる。

が、驚かせるのが目的ではないです。
そう、断捨離は、片づいた家を自慢するものではないし、
そして、勿論、散らかった状態を責めるものでもありません。

それよりも、片づけ前の状態を、よくよく観察・分析するほうが大切かな。

どうして、こんなになったんだろう・・・
なぜ、こんなになるまで、気がつかなかったのだろう・・・
なんで、こんなにモノがたっまているのだろう・・・

散らかった状態と向かいあい、素直になって、客観的に捉えてみると、
視点の変化がやってくる。

まあ、混乱の渦の中にいるご本人には、なかなか見えてこないのだけど。

タイトルの「この散らかりは、復讐かもしれない・・・」とは、
ご両親ふたり暮らしの実家へ、久ぶりに戻った息子さんの言葉。

住まいは、惨憺たる有様。
家中、まるで整理片づけが、放棄された状態が展開している。

子供が巣立ち、夫婦ふたりきりになって、妻は夫のために、
住まいを整える気遣いも思いも、なによりその気力を失っているような。
それどころか、夫に対して怒りさえ感じているような。

その母親の怒りを、父親への怒りを、敏感に感じ取った、この息子さん、
これから、どうしていくのでしょうか。

彼は、私にこんなふうに語ってくれました。

「父と母、夫婦のことは夫婦に任せようと思います。」
「だって、僕はもう、両親の不仲に不安で怯える小さな子供では、ありませんから。」

そうですね、たしかに、子供が親の人生を、肩代わりすることなどできないし、
ましてや、その必要も、ありませんね。
                                           7-26-11
 

 
「戻れない、進めない~これからに向かう・その2」
 
 
床を磨きながら、壁の汚れを落としながら、家と同化していく。
家は、まるで自分そのもののよう。
大切な自分の身体を手入れするがごとく、家を愛しむ。


◆これからに向う◆連載・第2回◆
これまでを手放す~連載・全5回の完結編です


この家を、なんとかしよう!
自分で出来ることは、なんでも精一杯しよう!!

この受講生さん、しっかりと、家と自分に向かいあいました。

そうすると、仲介の不動産屋さん、リフォームを請け負ってくれた工務店さんも、
可能なかぎりの協力をしてくれた。
なんとか、予算内で収まるよう、最大限の努力を。

なにより、改修作業の手伝い、片づけとそうじ、掃く・拭く・磨く作業そのものが、
自分を励ましてくれる愉しい作業に変わっていった。

すればするほど、やればやるほど、家がどんどん好きになる・・・

そして、引越し。

家財道具も、友人・知人から調達。
タイミングよく、ひとり暮らしの裕福な知人が、子供との同居のため転居。
処分される運命にあった素敵な家具も、ご縁が繋がって手元に。

夫婦ふたりの生活スタート。

なんとなんと、ご主人は、「俺たち新婚!」と、
60歳を過ぎて臆面もなく友人たちにふれまわっているとか、
しかも、満面の笑みで。

変われば、変わるものです・・・と、この受講生さんも、笑顔。

受講生さんは、言いました。
農場にいたころは、夫も自分も、互いに甘えあって、もたれあっていたのだと。
依存関係が、夫は威張るというカタチで、自分は、黙って従うというカタチで、
あらわれていたのだと。
カタチが違っただけで、夫も自分も、おんなじだったと。


かつての支配的な夫を、こんなにも違った視点で理解することが、
できるようになるのですね。

素敵です!!!                                        7-9-11
 
 

「戻れない、進めない~これからに向かう・その1」
 
 
これまでを手放し、これからに向かう。

「これまで」と「これから」の間に、すっぽり嵌まって、時間がとまってしまう人も、場合も。

戻れない、進めない・・・

このままでいるわけにもいかず、でも、これから、どうしたらいいかわからない。
ちょうど、高校は卒業したものの、進学先も就職先も、まだ決まらない。
どっちつかずの宙ぶらりんの春休みのような。

でも、この受講生さんは違いましたよ。


◆これからに向う◆連載・第1回◆
<これまでを手放す・全5回からの続きです>


共同生活の「農場」を出ることに、ご主人も同意。
ほんの数ヶ月前までは、考えられない、いえ、考えもしなかったこと。

限られた予算の中で、夫婦ふたりの家探し。
幸いにして、農場に通える便利な場所に、なんとか中古の小さな家を購入することができた。
少しリフォームをしなくてはならないけれど。

が、いざリフォームにとりかかってみると、想像以上に激しい傷みが、曝け出されて。

基礎は、カビや白蟻の被害。
見えない土台が、危うい家なんて・・・それがわかった時の、激しい落ち込み。
これ以上、家にかける予算は、もうないのに。

戻れない、進めない・・・まさに、そんな状況。

でも、この受講生さんは、踏ん張りましたよ。

もう戻れない、なにより戻りたくない、これまでの生活。
この家を、なんとかするしかない。
落ち込んでいるヒマがあったら、まずは、片づけ、そうじ!

不要なモノを片付けて、ひたすら、掃く・拭く・磨くを繰り返す。
家と同化する作業を、根気よく続ける。
そうするうちに、元気も出てきて、なんとかなるような気が。

そして、そんな気でいると、なんとかなっていくものだから、不思議です。
                                                   7-2-11

 

 
「これまでを手放す その5~変化への恐れ」
 
 
 
夫に、ずっと従属的だった結婚生活。
従っていさえすれば、安全に、平穏にすごせたから。


◆これまでを手放す◆連載・第5回◆


結婚から30年以上たって、漸くにして、正面から向かいあって。
目を見つめて、自分を主張して。

夫は、妻であるこの受講生さんの豹変ぶりに、戸惑うばかり。

農場を出ることなど、考えもしなかった夫は、繰返す。
「今更、勝手なことばかり言うな!」

でも、妻は言った。
「今まで、私が言ったこと、したことで、あなたに迷惑をかけたことがありますか」

暫くの沈黙のうち、夫は一言、「無い」と。

この一言の後、夫ははじめて、妻の言うことに耳を傾けだす。

なぜ、農場を出たいのか。
なにが不満なのか、ここ農場での共同生活で。

いいえ、不満なのではない。
怖いのだと。

認めたくなかった自分の中の変化への恐れ。
たしかに集団の中で守られている安全な自分・・・
でも変化も怖いけれど、変化せずにいることも、もっと怖い。
このままずっとずっと死ぬまで、共同生活だなんて・・・

そんな妻の心情吐露に、夫も動かされる。

実は、夫も、同じような感情を封じこめていたのかもしれない。


それから、夫婦ふたりでの、模索がはじまって。

妻が、依存ではなく、自立した個としての対等な関係を、夫に求めたように、
夫婦は、農場という集団・組織への依存ではなく、
集団・組織に所属しながらも、共同生活ではない自由な立場でのかかわり方を、
選択することに。


自分とモノとの関係の見直しからはじまった、この受講生さんの断捨離。
必然のごとく、人生の断捨離へと、繋がっていきました。


「断」でも「捨」でもない、「離」の関係の模索。


さあ、家探しが、はじまります。

が、難題は、まだまだ、待っています。
つづきます。
                                                 6-12-11
 
 

 
「これまでを手放す その4~住まいを見方に」
 
 
今まで、夫が声を荒げると、黙るしかなかった自分。
夫の不機嫌がおさまるまで、待つしかなかった自分。

そんな自分は、卒業しなくては・・・


◆これまでを手放す◆連載・第4回◆


もちろん、夫と諍いをするのが、目的ではない。
言い争いをして、気分がいいわけもない。

ただ、今まで、そのどうにも耐え難いその場の雰囲気から、
目の前の気まずさをやり過ごすためから、
いわば、その場しのぎの「だんまり」をつづけていた自分。

必要以上に、夫を恐れていた自分。
ほんとは、夫だって、対処可能な同じ人間。
自分で、夫を大きなモンスターに仕立てあげていたのかもしれない。

そう、夫と向き合うと、
セルフイメージが低いが故に、まるで大きな熊を前にした子ウサギのような自分に。
そんな図式が、自動的に展開されてしまうのですね。


モノと向かいあい、モノを絞り込むという作業を続けながら、この受講生さんは、
だんだんと逞しくなっていく・・・



ある受講生さんが、◆自分にとっての断捨離◆を、いみじくも、こう表現してくれた。

◆断捨離(だんしゃり)とは?

簡単に言うと「軸を自分に戻す」ということではないかと思っています。
まずは物を片付けながら、整理しながら、処分しながら、
物や他人や過去や観念や・・・に行ってしまった軸を自分に戻してくれます。
もちろん、気分はサイコー!◆
http://precious.hida-ch.com/


そうなんです、そのとおり!

自分に軸が、戻ってくると、セルフイメージも上がる。
もう、熊を前にした子ウサギではなくなる。

ひとりの人間として、一個の存在として、対等に夫と向かい会う。

が、夫にしてみれば、訝ることばかり。
ただ黙って、自分の指図に従っていた今までの妻が、なんとなんと、
いちいち自分を主張し始める・・・
おまけに、「農場」を出たいなどと、思いもよらないことまで、言い出して。

それでも、夫は妻が断捨離のセミナーに参加することには、協力的だった。
今まで、妻のやることのほとんどに、反対や難癖をつけていたはずなのに。

それは、だんだんと住まいが、目に見えるカタチで、片づいてきたから。
住まいが、見違えるように整ってきたから。
住まいが綺麗になって、文句のつけようもないから。
夫は、このセミナーを、たんなるモノの片づけ方のセミナーと思っているから。


この受講生さん、まずは、住まい・住環境を味方につけましたよ・・・


つづきます。
                                              5-27-11
 
 

 
「これまでを手放す その3~問題なのは?」
 
 
なんだかな・・・
モノの片づけが、人生の片づけにシフトしてきた。
でもそれは、自然なこと。

モノとの関係を、見直すと、
自分と自分との関係も、見直すこととなり、
自分と他者との関係までも、見直すことにつながります。

モノ、コト、ヒトと、断捨離は進んでいくのです。


◆これまでを手放す◆連載・第3回


自分たちの心の中、知らず封じ込めてきた思いや願い。
同時に、叶わぬ思い・願いと思い込んでいることからくる不満・鬱憤。

それらを、いったん口にすると、後は、堰を切ったように、噴出してきた。

そうそう、モノと一緒。
それが、今の自分にとって、不要・不適な感情であるならば、
まずは、出し切ることが肝心・肝要。
蓋をしていても、中味がぐつぐつと腐敗ガスを発生させているならば、
不快感は、つねに付きまとう・・・

共同体である「農場」から、外での生活を望んでいる受講生さん。

今の「農場」での生活に感じている居心地の悪さ・・・
でも、同時に、この農場の有り様を否定するのも、本意ではない・・・

ただただ、自分の暮らしを、時間を、自身でコントロールする自由を求めているだけ。
だけど、「農場」を出るなんて、絶対、夫が同意をするわけはない。
「農場」で、重責をになっている夫。
しかも、頑固で短気で、ひとの言うことなど耳を貸してもくれない。
自分の思うとおりにならない、気にいらないと、すぐ声を荒げる。
話し合いにならない。

出てきました、出たきました、今まで我慢していた夫への不満・・・

そこで気がついた。
彼女の不満に、ずっと耳を傾けていた他3人の受講生さんと私。

そうなんです、彼女の不満は、農場での生活ではなく、
支配的な夫、その夫に常に従属的で居続けてきた自分自身。
「農場」が、自分に不自由な生活をしいてきたのではなく、
「夫」が、「自分自身」が、自分に不自由を強いてきたのです。

受講生さん本人は、そのことに気がついていなかった。
ずっとずっと、農場での生活が、不満の源と思っていましたと・・・

問題だったのは、夫と妻の「関係性」!

自分と夫との「関係」の見直し・・・
そこから、次の段階へと進みます。

一時の副作用として、従順な妻から、反抗的な妻への変身!!!
ご主人は、さぞかし、とまどったことでしょうね。

つづきます。                                            5-14-11

 
「これまでを手放す その2~イニシアティブは?」
 
 
 
気がついていなかった習性・・・
グレードの高いモノは遠ざけ、自分に許すのは、なんともチープなモノばかり。
そんな習性に気がついた。


◆これまでを手放す◆連載・第2回◆


なぜ、なんだろう?

無意識のパターン、自らを貶めるモノしか与えていない自分。
所詮、自分なんて、たいした存在ではないのだから・・・この程度のモノで充分。

そんなセルフイメージの枠・・・自分では、自覚していないのです。

モノとの関係を問い直す、そんな手法で、
今の自分にとって、【要・不要】、【適・不適】、【快・不快】のモノサシを使い、
モノの取捨選択を繰返すうちに、その枠の一角が、崩れてくる。

モノを捨てられない自分。
捨てるモノを選べない自分。
捨てるモノを決められない自分。

それは、モノばかりではなく、モノ事にも、影響していた。

何も決められない自分。
何をしたくて、何をしたくないのか、選べない自分。
したい事と、したくない事を、決定できない自分。

そうか、今までずっと、これまでずっと、何ひとつ、自分で決めてこなかった。
自分で自分のことを決める事など、どんでもないこと。
だって、それだけの力が自分にあることを、認めていなかったから。

3回コースのセミナーが、終盤近づいたころ、
4人の仲良し受講生さん、それぞれが、各々の胸の内を、口に出しはじめた。


「実は、農場を出たいのですが・・・」

農場?
この受講生さん、実は、農業をメーン事業とする共同体に所属し、
他の大勢の会員さんたちと、共同生活をしていた。

「実は、家を持ちたいのですが・・・」

家?
ずっと借家暮らし、自分たちが家を所有するなんて、身分不相応なのかと、
もうひとりの受講生さん。

「主人を死なせたのは、自分のせいでしょうか・・・」

えっ?
3人目の受講生さんは、暫くまえに病気でご主人を亡くしていた。
夫を病気にしてしまったのは、自分がいたらなかったから、と責めていた。
だから、夫が遺してくれたお金を、自分のために使うなんて許されないと。

「1泊でもいいから、友人と旅行に行きたいのですが・・・」

たった一泊?
そう、4人目の受講生さん、結婚してからこの方、夫・子供に留守を預けて、
自分が旅行をした経験がないのだと。


4人が4人とも、自分の思い・願いを、口に出すことさえ、最初は遠慮がちで。
そして、ようやく、口に出した今も、それが実現可能とは、とても思えない。

いえいえ、自分で、自分には無理だと、ダメ出しを無意識にしている。
実現不可能なのは、自分がそう思っているから・・・

これが、約1年半前の4人の受講生さんたちの段階。

自分の人生の決定権は、自分にある・・・そう思わなくてはね、それがスタート。

モノひとつひとつと、心して向かいあい、
【捨てる・残す】の選択・決断・実行を重ねるうちに、
自分の人生のイニシアティブを取戻していくのです・・・

つづきます。
                                            4-19-11
 
 

 
「これまでを手放す その1~セルフイメージは?」
 
 
4人グループの仲良し受講生さん。

当初は、片づかない家をなんとかしたくて、受講。
ところが、講座が進むにてれて、各々、潜んでいたコトが、浮き彫りに。
結果、1年間にわったて、毎月通ってくることとなり、今も継続中・・・


◆これまでを手放す◆連載・第1回◆


片づけ下手を自認するこの受講生さんたち。

受講動機は、モノを溜め込む習性をなんとかしたい、
捨てられないタイプの自分をなんとかしたい・・・

そんな程度?のお困り事なら、お任せを!・・・と、コンサルタントの私。
まずは一緒に、今の住まいの有り様、自分とモノとの関係を検証していくことに。

住まいの現実、家なのか?物置なのか?ゴミ置場なのか?を、客観視。
・・・そこがスタート地点。
そして、ゴールは、清々しい空間となった我が家・・・のはずだった。

が、道は、大きくそれて。

断捨離は、モノとの関係を問い直しながら、結果、自分と自分の関係を問い直すこととなる。
結果というより、おのずとかな。

皆さん、セルフイメージが低かった。とってもとっても低かった。

まず、そのことに気がついて愕然。

日常、自分に許しているモノは、どうでもいい安価なガラクタばかり。
グレードの高い、高価なモノは、もったいないと、ただ保存しているだけ。
決して、自分が使おうとはしていなかった。
というより、それらを使用するこなど、意識のかけらほどもなかったのだ。

企業ロゴがはいった販促グッズ、つまりオマケのカップで、
日々、あたりまえのごとくコーヒーを飲み、
隣においてある沢山のブランド品で、お茶を愉しむなど、ついぞ、なかった。

それって、自分で自分を、貶めていませんか・・・
しょせん、自分には、オマケ程度のモノしか似合わない・・・
その程度と、自分で思っていませんか・・・

沢山の素敵なモノを持っていながら、何故、自分でそれを使わないのですか・・・
使い切れない程溜め込んで、こんなにいっぱい持っているにもかかわらず、
使わないのは何故ですか・・・
保存するのは、あの世で、使うためなのですか・・・

使うのを、どなたかに反対されるのですか・・・
もしかして、制限しているのは自分ではありませんか・・・

そんなこんなを、繰り返し質問すると、
受講生さんは、自分の内に問いかけ、答えを探し始める。

いいモノを持っているにも関わらず、沢山持っているにも関わらず、
なぜか、いつもガラクタみたいな器で、食事をとる自分!
頑丈・丈夫、落としても割れない分厚いグラスを好んで使う自分!

そんな習性に、あらてめて気づくと、自分ながらも可笑しくて。

自分を、素敵な器やグラスで、決してもてなすことなどなかった自分たち。

すべては、セルフイメージのなせる技。

この4人組の受講生さん、ご自身のセルフイメージに気がついてから、
怒涛のごとく、変化がやってきました。

つづきます。
長くなりそうです・・・どうぞ、お付合い下さいますように(^^♪
                                                     4-10-11
 
 

 
「突然動きが止まる時がある」
 
 
 
勢いづいていた断捨離が、突然、止まる。

はて、どうしたものか・・・

繰り返し、モノを絞り込み、今の自分には、不要・不適・不快と判断したモノは、
手放した。それこそ、大量に手放せた。

が、最後のダンボール1箱分のモノの前にして、立ち往生。
これさえ、処分できれば、断捨離も大団円を迎えるのに。

その箱の中には、ファンシーグッズ的な文具ばかりが。
可愛らしい便箋やしおり、花柄プリントのメモ紙、キャラクター鉛筆やペン。
そう、可愛らしいが故に、使わずにとっておいた、かつてのお気に入りの品々。

でも、今の自分には、なんとも似つかない。
使う気にもなれない。
かといって、いつか、そのうちも、使うことはないだろう、そう永久に。

でも、いざ処分しようとすると、手元とゴミ箱を、行ったり来たり。
すたれたファンシーグッズではあるにしろ、新品、可愛らしいのは事実だし。

捨てるのに、少なからぬ抵抗があるのは、自然なこと。
こんな場合、引き取り手が見つかると、助かりますよね。
誰かが貰ってくれると、捨てる後ろめたさも、肩代わりしてもらえるから。

だけど、どうしても、行先が見つからない・・・
だけど、捨てるのは、忍びない・・・
だけど、とっておくことに、何の意味も見出せない・・・

「だけど・・・」の集積の中での、停滞。

その時どきに、自分に使うことを許してこなっかた、かつての宝物。
使わないうちに新鮮さを失い、忘れられたままにあった。
そして今、発掘してはみたものの、今の自分には、当時の輝きは見えない。

使いきったモノたちのは、「有難う」の感謝が。
使いきれなかったモノたちには、「ごめんなさい」のお詫びしかありません。
ただただ、ごめんなさい・・・で、処分するしかないのです。

そんなこんなを、この立ち往生中の受講生さんと、話をしていたら、
驚いたことに、彼女に視点の変化がやってきた。

家の中の沢山のモノ、住まいが片づかない原因となっていた大量のモノ。
実は実は、そのほとんどが、自分のモノだった・・・
家の混乱は、夫と子供たちのせいだと、ずっとずっと思っていたのに・・・

今回、このことを、夫に指摘され、素直に謝れなかった自分がいた。
なんだかんだと言い訳を繰返している自分がいた。
たった一言の「ごめんなさい」が、夫に言えない自分がいた。

そうなんだ、この最後に残ったダンボール1箱のかつての宝物たちは、
「ごめんさない」を言う練習台となって、自分の前に存在しているのですね!!!

ひとつひとつに、「使いきれなくて、ごめんね」と、ささやき、つぶやきながら、
夫にも、家族にも、そしてなにより自分にも、
「素直でいられる自分」が、取戻せるのかも知れないと。


ただただ、ごめんなさい・・・しかない時があります。
そして、ごめんなさいは、有難うより、難しいことなのかもしれない、ずっと。

この受講生さん、ご家族に、ごめんなさいを言う勇気が出せたのかしら。
その後の報告を、待っているところ・・・
だって、この私も、見習わなくてはなりませんものね(^^ゞ
                                                4-3-11
 
 

 
「勢いづく時と・・・」
 
 
◆断捨離は、勢いづく時と、突然動きが止まるときがある◆

これは、ある受講生さんの弁。
そして、たいていの方が、経験することでもありますね。

◆ひととおり済ませて、
しばらくして、もう一度同じところを見ると、また不要なモノに気がつく。
終わりがない・・・◆

これも同様、多くの受講生さんの感想・報告に共通。

これは、自分の中の意識レベルの変化ゆえ。

最初の意識は・・・使える?、いえ、使えない!・・・つまりは分別
しばらくすると・・・使う?、いえいえ、使わないわ、やっぱり!!
・・・そう、意識レベルは分類に。
そして、また、しばらくすると・・・使ってはいるけれど、別になくても困らない、
なくても平気!!!・・・つまりは、選択のし直し。
そして、最後は、お気に入りばかりを残して、後は、有難う&さようなら
・・・これが厳選の段階!!!!

「分別」・「分類」・「選択」・「厳選」・・・という四つのステップ。

サクサクと断捨離が進んでいる時は、そのステップの中いる時。
逆に、次のステップに移る時に、動きが止まる。
まるで、階段の踊り場で、足踏みしているような、そんな感じ。

そして、この足踏み状態の時、それこそ、メッセージがいっぱいやって来る。
それは、潜在意識からのメッセージ。
自分の中の、自分では気づいていなっかた抵抗勢力。
たかがモノなのに、されどモノにしてしまう何か・・・
たいていは、認めたくない「感情」の場合がほとんどなんですけれどね^^;

あんなに高価で、こんなに大きなモノで、案外簡単に処分、手放せた癖に、
意外とこまごまとしたどうにもチープなファンシーグッズで、立ち往生。

「潔い自分」と「執着だらけの自分」とを行ったり来たりして、戸惑うばかり。

これがかなり面倒で、断捨離が中途に終わってしまう場合もありますね。
たしかに疲れます、このこまごまなガラクタと付き合うのは・・・
身体がというより、「気」が疲れるのですよね。

でも、でも、でも、でも、でもです。
この、こまごまグッズと、きっちり向かいあうと、自分がよくよく見えてくる。
なぜ、この程度のモノで、自分は立ち往生するのか・・・
なぜ、この程度のモノで、自分は悩み、戸惑うのか・・・
この分析と理解ができると、今の自分の受容と、今の自分のなすべきことが、
浮かびあがってきます、間違いなく。

モノと向かいあう断捨離は、本当に面白い。
そして、ちょっとばかし、はい、勇気がいるのです。

次回は、この具体例のお話・・・お楽しみに。
もしかして断捨離が頓挫しているあなた、必読ですよ(^_^)v 
                                                2-24-11

  

 

著者 やましたひでこ

 

断捨離の目指すところは、日々のごきげん。
そのごきげんは、自らの、先送りすることの無い小さな選択決断の繰り返しから・・・そんなふうに思いませんか?
 
ごきげんの輪が、ラスベガスに、広がらんことを。 
そして、ひとりでも多くの方が、ごきげんであらんことを。